いつもご利用くださいまして、有り難うございます。
あゆみの鉄道当直助役です。
GWはいかがお過ごしになりましたか? あっという間に過ぎ去りましたね。
5月といえば若葉が目に美しい季節。お店の周辺の里山も、萌え出る若葉がキラキラと輝いています。
そんな若葉の季節に似つかわしい車輌が「ウグイス色」の国電……という時点で若葉とは関係なく鳥の名前になっていますが、GW直前に発売になりましたトミーテック製品 品番98210「国鉄103系通勤電車(新製冷房車・関西線)」各種を、好評発売中です。
「新製冷房車」とありますが、昭和58年頃の関西線には、コレと同じ顔をした非冷房車も在籍していまして(民営化後もいましたね)、天王寺駅で阿倍野橋の闇をくぐって入駅して来るシールドビーム2灯のライトに「やった! 冷房車だ」と思っても空振り……ということが少なからずありました。まだまだ冷房車の少なかった時代のことです。
関西線といえば、長らく101系電車が残っていたことも思い出に残ります。
「57水害」で王寺の電留め(でんとめ)…電留線が水没し、数多くの101系や111系が廃車の憂き目に遭いました。
その応援に、首都圏の201系進出で大量に廃車されつつあった「関西線にいた101系よりも古い101系」が転入して参りまして、中央線・南武線の車体色どころか「西トタ」や「西ナハ」などの所属標記もそのままに、「関西線」というステッカーを貼られただけで活躍していたのをご記憶の方も少なくなったでしょうか?
101系電車は乗務員室の手ブレーキハンドルが剥き出しで、助士側に立つと腰の辺りにハンドルが当たって痛かったのです。まぁ、あの頃は、車掌も駅間は運転席腰掛けに座っていましたが。
関西線の受け持ちはテン車、ナラ車でしたが、中にはナコ車の人が乗っている列車も。急行『かすが』で奈良に着いた後、間合い時間を湊町まで1往復する行路が組まれていたのです。……あ、ここまで意味不明で読み流してください(笑)。
そんな私にとっても思い出の101系電車。関水金属製品 品番10-289「101系 関西線色」も在庫がございます!